勇壮!一大海上絵巻 鯛網 鞆浦2006/5/3(水)憲法記念日 広島県福山市

瀬戸内に06年初夏を告げる「鞆浦観光鯛網」。370年の伝統を今に伝える。5月3日(水)〜28日(日)


鯛網の歴史
江戸時代初期 福山城主、水野日向守勝成の命を受け、走島の開発と鞆の沖合いの海上交
通整理役を担っていた走島の庄屋、村上太郎兵衛と鞆の当納屋忠兵衛の共同で、
1632年(寛永9年)に考案されたといわれております。

それ以後、1916年(大正5年)まで村上家は十代にわたって、鯛網を育ててきました。
その後、鯛網は瀬戸内海の各地にひろがり、地域の水産業を支え、見学に来る人も多く1923年(大正12年)、
第一回観光鯛網が開催されました。

戦争で一時中断されたこともありましたが、1949年(昭和24年)より再開され今日に至っています。

鞆の浦 鯛しばり網漁法(とものうら たいしばりあみぎょほう) 市指定無形民俗文化財 平成27年(2015年)3月25日指定 

産卵場所を求めて瀬戸内海に入る鯛を伝統の漁法「しばり網漁」、6隻の船団で追い込む

―そもそも「鯛網」って何なのでしょう?―

 「鯛網」とは、江戸時代初頭に確立された「しばり網漁法」により鯛を獲る伝統的な漁のことです。
しばり網漁法」が当時のまま残っているのは日本でもここ福山だけなんですよ。
継承者は高齢化して今では少なくなってきていますが、福山市内にあるほかの漁協青年部の協力を得て、
「鯛網」を観光化し、「鞆の浦観光鯛網」として維持・継承しています。


―「鯛網」の「しばり網漁法」とは、具体的にどんな漁法なのですか?―

 「しばり網漁法」は鯛を追い込む目の大きい「大引網」と鯛を獲る「袋網」を使います。
親船となる網船は二艘で並走し、右の船の網を左の船が、左の船の網を右の船が上げ、
離れていた網船同士が交差します。それから少しずつ距離を縮め、互いの網をしばり上げるようにして
鯛を網の中に追い込むんです。網船には動力がないので、網船を引く錨船や、潮の動きをみて先導する指揮船
獲れた魚を運ぶ生船など、六艘以上の船が協力し合って行います。昔はこれに加え、鯛を驚かす役割の船もありました。

鯛網船団の構成 

指揮船(沖合い船):鯛網船団の全体を指揮する船

網船(親船):網をおろし、引き上げる船は2隻

錨船:網船の錨の役目をする船

生船:指揮船に判断の材料を提供し、取れた魚を運ぶ船


福山駅観光案内所でバス券付観覧券(大人3000円)ゲットする。

 9時30分 福山駅鞆鉄バス乗車
10時過ぎ 市営渡船で仙酔島
10時〜  仙酔島田の浦 開会式典 間にあいました 
      餅投げ 3個ゲットした
10時半  観光船に乗り、370年の伝統 「勇壮!一大海上絵巻 鯛網」堪能
       五月晴れ 少し肌寒い日でした。

       抽選で鯛・保命酒のどちらか1点をプレゼント。当たり番号 20、40番(2本)残念でした。
       全員に「保命酒のはな」をプレゼント

       阿伏兎観音へのクルージングしました。
13時20分 仙酔島田の浦

       鞆の浦史跡めぐり 無料案内あります 行きませんでした。

10時〜

仙酔島田の浦 開会式典 間にあいました

5月28日まで 行楽客15000人目指すそうだ。

熟練の技で網の手入れした 漁師さん

「乙姫様」

鯛網コンパニオン」 案内いたします

 桜鯛 跳ねています。

挨拶 続きますが、ハイポーズ。

弁財天の使い「乙姫」様

弁財天(べんざいてん)とは七福神の中の

琵琶を抱えている美しい女神、弁天さんのことです。

水の女神、弁財天は海上安全を願う多くの

海の人々の信仰を集めた。

 

歌手  地元 福山の歌など。

ステージは砂浜、靴はスニーカーです。

鏡割り お酒 振舞われました。

アイヤ節の披露

江戸時代中期に大阪から下関を経由して北海道を

往復した北前船(きたまえせん)で、船頭が長い航海

の慰めに唄った郷里の唄に、

しなやかな振りがついたものです。

寄港する北陸のハイヤ節の影響があります。
樽太鼓
網をおろしの祝いと大漁の祈りをこめて樽太鼓が
勇ましく打ちならされ、大漁節が浜に響きわたる。


@ 弁天龍宮の舞
弁財天の使い「乙姫」が大漁祈願の舞を踊ります。

そして 紅白の餅投げ 3個ゲットした

仙酔島 田の浦 

観覧船に乗船しました。

仙酔島・・・仙人があまりに美しい景色
に酔いしれて臥して島となった

大漁祈願
「ハリャーヨイシャ」のかけ声に合わせ、
網の神様「大玉」(網霊)を乗せた「手船」と
いう小さな船で弁天島の「弁財天」に
大漁祈願に参ります。
A 漕出式
大漁祈願をすませた「大玉」は親船に積まれ
漕出式

古式そのままに船団は、左に3回まわります。

B 出漁
五色の吹き流し、大漁のぼりを打ち立てて鯛網船団は、
大漁を求めて沖合へと進んで行きます。

C 網入れ
指揮船からの合図で、2隻の親船は
左右に大きく分かれ
ながら海中深く網を下ろしてゆきます。
この網は「大引網」「手綱」「袋」からなり、
長さ1500m幅100mの大きなものです。
D 網しぼり
「エット、エットーヨーイヤサンジャー」の掛け声も
勇ましく網を徐々に小さくしてゆきます。

E 大漁
網を引き上げると親船はしっかりと結ばれ観客は
つぎつぎと親船に乗り移ります。
「観光鯛網」のクライマックスです。

弁財天の使い「乙姫」様

ニッコリです。

大漁だ。鯛漁だ。人も大量だ。

観光船には約900人。

1キロ約1500円で即売される。

阿伏兎観音へのクルージング

海の輝きと荒々しい岩肌に、調和した朱塗りの観音堂。

岬の突端に位置する磐台寺観音堂(国重文)は、

航海安全の祈願所として、また、子授け観音として

深い信仰を集めている。

乳の形の「絵馬」を作り奉納します。

13時20分 仙酔島 田の浦

ウォーキングコース 御膳山コース

東屋 
ご婦人と話し 記念写真撮影する。

海食岩からの眺め 満潮で行けませんでした。

全員に「保命酒のはな」をプレゼント

鞆の浦 弁天島 花火大会

5月27日(土)19時45分〜20時30分(雨天翌日順延)

観覧客総数  10800人(15000人目指したが)
昨年に比べ1300人減少。1回あたり327人。
過去10年で最少。

天候に恵まれなかった、PR方法、集客策を練り直す。


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