佐波浄水場跡地の建造物(登録有形文化財)一般開放 広島県福山市佐波町 2013/7/13(土)2014/4/1(火)
登録有形文化財(佐波浄水場跡地)の一般開放
3月に登録有形文化財として登録された佐波浄水場跡地の建造物を一般開放し、概要を説明します。
とき/7月13日(土曜日)午前10時〜午後3時(説明は午前10時〜、
午前11時〜、午後1時30分〜(注)1回あたり約40分)
ところ/佐波町城山202-7
福山旧水道
今から390年前、水野勝成が備後10万石の領主となり福山城を築城した際、
城下町の建設とともに飲料水の供給対策として水道の建設を行いました。
この水道は「福山旧水道」と呼ばれ、日本の水道史上、一般の飲用を主とする
水道では江戸神田上水、近江八幡水道、赤穂水道、中津水道に次ぐ全国で5番目という
歴史を持っており、「近代水道」ができた後も夏季の打水や用水として使用されるなど
福山市民にとって命の水を提供し続けました。旧水道は、城から約2km北西の水源
(芦田川)から水路を経て、城の北側に東西に広く伸びる蓮池(通称:どんどん池)まで
水を導き(貯水池)、城下町へ土管、木管で配るというもので、長さは14kmに及んでいました。
福山の近代水道
明治時代になると人口増大に伴い(特に蓮池周辺へは2万人近い人口の集中)、大量の水が
必要とするようになり、排水の垂れ流しなどにより水源である蓮池や井戸水の汚れ、江戸時代に
作られた木管の老朽化による汚染などで清浄な水が得られなくなり、伝染病の問題が頻発しました。
一方で、地方振興都市の発展には、衛星上の問題を解決し、清浄で豊富な水が供給できる近代水道
の布設は欠かせないものとなっていたことから、上水道布設の財源である国庫補助を受けるために
必要であった市制施行(1916年(大正5年)7月1日)とともに、当時の一大事業として近代水道の
建設に着手しました。
熊野町渓谷に築造した貯水池を水源として、自然流下により佐波町城山の浄水場から旧福山市へ
給水するもので、1925年(大正14年)11月に竣工通水式を行いました。
旧佐波浄水場は、福山市で初の近代的浄水場として建設され、福山市が近代都市として発展するため
の基礎となりましたが、老朽化により1977年(昭和52年)に休止、1989年(平成元年)に廃止となりました。
【旧佐波浄水場の概要】
面積 | 28286m2 | 最大給水量 | 6250m3/1日 |
着工 | 1923年(大正12年)1月7日 | 総事業費 | 1696318円 |
竣工 | 1925年(大正14年)9月30日 | 給水戸数 | 1870戸【1926年 当時】 |
給水開始 | 1925年(大正14年)11月15日 | 給水人口 | 8800人【1926年 当時】 |
計画給水人口 | 50000人 |
登録有形文化財への登録
福山市街を望む佐波町城山の丘陵地帯に位置する旧佐波浄水場は、近代水道の発祥の地であり、
法面の桜は花見の時期には満開に咲きほこり、市民に広く親しまれてきました。
また、煉瓦造りの配水地や浄水井上屋、門は、現在でも当時の原形のままで残っており、近代水道
の歴史をとどめる貴重な建造物であることから、「登録有形文化財(建造物)」への登録に向け取り組むこととしました。
2013年(平成25年)3月29日に文化財登録原簿に登録されました。
【登録施設】
@福山市旧佐波浄水場配水地
A福山市旧佐波浄水場浄水井上屋(じょうすいせいうわや)
B福山市旧佐波浄水場門
今後の登録施設の活用
現在、旧佐波浄水場を、市民に広く親しまれている法面の桜と一体的に公園として整備し、市民の
憩いの場となるように取り組んでいます。
公園完成後は、多目的広場でくつろいでいただくとともに、木々などの自然に囲まれた貴重な歴史的建造物を
鑑賞していただきたいと考えています。
◇完成予定 2014年(平成26年)3月末
2014/4/1(火) 5→8%消費税 増税スタート 佐波城山公園 オープン ベンチやトイレ設置、駐車場は13台。
広さは約1万7千m2.平地に樹齢10年のソメイヨシノ34本。整備費5400万円。LED7灯 夜桜楽しめる。
登録施設の概要
@福山市旧佐波浄水場配水地
登録年月日 2013年(平成25年)3月29日
登録番号 34-0133号
所在地 福山市佐波町字城山202番7
福山市草戸町字上山地1番5
所有者 福山市
構造等 コンクリート造及び煉瓦造、面積929m2
旧佐波浄水場配水地は、ろ過して造られた浄水を一時的に貯留するための施設で、1925年(大正14年)
9月に建造されました。
幅15.2m、長さ27.3m、深さ3.8mの池が二つあり、当時の約8時間分の浄水を貯留する機能を持っていました。
池底には粘土を敷均してコンクリートを設け、側壁にはコンクリートとその表面に煉瓦が覆ってあります。
煉瓦の壁は、長い煉瓦の列と短い煉瓦の列を交互に繰り返す、「イギリス積」と呼ばれる構造になっています。
また、配水地の上部に土を覆い芝生を張ることで寒暑による水の冷熱を避けるとともに、浄水への外的汚染を
防ぎ、さらに、煉瓦石のふたの両側及び側壁に換気孔を設け、池の水の酸化を増進するようにしました。
二つの池は中仕切壁によって区画されており、さらに、中仕切壁と対壁の間に、5個の煉瓦石造りの
導流壁を突き出させ、その壁間に水を還流させることにより、水の滞留を防いでいました。
入り口には阿武信一の直筆で大理石に彫られた「不舎晝夜(ふしゃちゅうや)」の記念額が掲げられています。
この言葉には、この言葉には、断水がないことを意味するとともに、建設の苦労、喜び、福山の永遠の発展と
市民の幸福への思いが込められています。
登録有形文化財への登録 | |
説明は午前11時〜 約40分 |
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旧佐波浄水場配水地 | |
深安郡福山町を廃し 1916年(大正5年)市制施行して福山市となる 入り口 大理石に彫られた 「不舎晝夜(ふしゃちゅうや)」の記念額 水道市長といわれた 阿武(あんの)信一初代福山市長(1916―1926) の額 言葉には、断水がないことを意味するとともに、 建設の苦労、喜び、福山の永遠の発展と 市民の幸福への思いが込められています。 |
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内部 煉瓦の壁は、長い煉瓦の列と短い煉瓦の列を 交互に繰り返す、「イギリス積」 |
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配水池 |
A福山市旧佐波浄水場浄水井上屋
登録年月日 2013年(平成25年)3月29日
登録番号 34-0134号
所在地 福山市佐波町字城山202番7
所有者 福山市
構造等 煉瓦造及び石造平屋建、建築面積12m2
浄水井上屋は、幅3.0m、長さ4.1m、高さ2.6mで、イギリス積みの煉瓦造りであり、屋上部分の小壁と建物の腰部分は
石張りでできており、窓台及び扉の上に渡した横木には、石がめぐられています。入口と池の3面の壁には、縦長の窓が
あります。ろ過地でろ過された水は、浄水井を通って配水地へ送り出されます。ろ過池は、幅23.6m、長さ30.3m、深さ2.5m
の池が4池ああり、底には煉瓦石、砂利、砂を敷き、水をろ過させました。3池で当時の人口5万人が1人1日125リットルの水を
ろ過することができました。
構造について、池底部は、粘土を敷均しコンクリートを重ね、側壁は、コンクリートで築き、煉瓦台を張っています。
ろ過池の笠石は国の登録文化財として登録されていませんが、笠石の一部について、当時の状況のまま、残しています。
浄水井上屋は、 幅3.0m、長さ4.1m、高さ2.6mで、イギリス積みの煉瓦造り |
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ろ過地でろ過された水は、 浄水井を通って配水地へ送り出されます。 |
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ろ過地跡 | |
配水地へ送り出されます |
B福山市旧佐波浄水場門
登録年月日 2013年(平成25年)3月29日
登録番号 34-0135号
所在地 福山市佐波町字城山202番7
所有者 福山市
構造等 石造及び煉瓦造、間口3.9m
旧佐波浄水場は、かつて浄水場の正門として1925年(大正14年)9月に建造されました。現在は、主門の門柱(2本)及び通用門
の門柱(1本)が残るのみであり、当時の扉はありません。主門にあたる一対の門柱は、0.6m角、高さ2.4m、通用門の門柱は、
0.4m角、高さ1.8mあり、煉瓦と石を交互に積み重ね、縞状の外観を呈しています。
また、真中の門柱は「福山市水道浄水池」と彫り込まれています。
石と煉瓦張り部分を繰り返すデザインは、大正時代の浄水場の建造物に調和したものとなっています。
主門の門柱(2本)及び通用門 | |
真中の門柱は 「福山市水道浄水池」と彫り込まれています。 |