温羅(うら)と桃太郎

 

月が隠れりゃ 陽が昇る
夜と朝とは鬼ごっこ
水は流れて 川岸残る
川と川岸 短い逢う瀬

高い所にゃ 黍(きび)をまき
低い所にゃ 稲を植え
北の山では 炭を焼き
南の浜では 塩作り

働き者の 男衆
働き者の よい女房
ほんによい里 吉備の里
四季おりおりの 花の里

そんなある日のこと、北の
山に、百済(くだら)から 大男たちが
海を渡ってやって来たのです。
かしらは、皆から「温羅(うら)」
と呼ばれ、髪もひげもぼうぼうの
恐い顔でしたが、眼の中に
やさしい光がありました。
大男たちは、黒い道具で木を切り
住家を作り、土を耕し、火をたきながら
歌いました。

燃やせよ炎(ほのお)天までこがせ
恋の火よりもまだ熱く
はげしく燃やせ鉄を打て
石より木より強い鉄
鉄を使って何を作る
田畑を耕す鋤(すき)や鍬(くわ)
料理に使う鍋や釜
草刈る鎌(かま)に猟をする矢じり
はげしく燃やせ鉄を打て

これはうらやましい。こんな
道具があれば、どんなに仕事が早いことか。
そこで、吉備人たちも、いっしょに鉄を
作るようになりました。

今夜は満月。百済のならわしで
仮面をつけての酒盛り。
吉備人も大はしゃぎ。
月も高く昇って西の空に傾く頃には、
よっぱらって踊る、踊る。
いつのまにか仮面をはずして。
その時、こそこそ姿を消した者がいたのに、
だれも気がつきませんでした。
やまとの国の者でした。

さて、その夜のこと、温羅は、鳥の仮面で踊る1人の娘と出会います。
その美しくやさしい姿。仮面をとった娘の、更に輝くばかりのの美しさ。
名前は「阿曽媛(あそひめ)」、吉備の国の長(おさ)の娘でした。
二人は、いつも一緒にいたいと思うようになり、結婚します。
たくさんの鉄の道具も、家々にそなわりました。
よその国から、道具を買いに来る人たちがやってきて、
吉備の国は賑わい、くらしも豊かになりました。

あの月の夜、こそこそと姿を消した者たちは、
やまとに帰って言いました。

吉備の国には 鬼がいる
赤鬼青鬼 毛むくじゃら
魔力を使って 人間を
狐や狸やむじなに変えて
石より硬い 鉄をづくリ
やまとに攻め入る
武器づくり
早く討たねば大変だ
吉備もろとも滅ぼそう

桃太郎を呼べ!
やまとの王が言いました。

吉備の鬼を退治せよ
鉄をうばうのじゃ

鉄を持つ吉備の国が、やまとより強くなっては困るのです。
桃太郎は、家来を引き連れ
吉備の中山に陣をはりました。
うわさを聞いた吉備と百済の人たちは相談します。
たたかいにに備え、山の上に城を築くことにし、
高い石垣を組み、その上にねり土を積み上げました。
食料を入れておく建物や、池も作りました。
干し肉、干し魚、木の実酒、塩など、いっぱい集めました。
平和だった吉備の国に不安と緊張がただよい、子供たちの顔からも、
笑顔が消えました。

長(おさ)は、吉備の人たちを山城に集めました。
鍬や鎌や包丁を持って、人々は山に向います。
女の人も子供も鉄の棒や金槌をもちました。
やぐらの上に立つ温羅(うら)の声は静かでした。

私が百済の王子だった時
戦いが起こり
父母が殺された
逃れて来た吉備の地は
ふる里と同じかおり
日の光り 潮の満ち干
風の声
ひしゃくを傾け星をまく
北斗
吉備人の温かさ だが
私は ひそかに
武器を作っていた
父母の恨みを晴らす
鉄の武器
山奥に隠し持つ
たくさんの

どよめきが起こりました。
鉄の武器があれば、やまとを怖れることはないのです。
けれど、温羅の意外な言葉。


だが、私は戦わぬ
戦争が 新しい恨みを
生むだけだ
真のしあわせはとは何か

吉備の平和のために

りんとして静かな温羅の声。
ひとりひとりの心にしみ入るその深い眼差し。

桃太郎は、犬かいべ、ささもりひこ、鳥かいべなど
強い家来をひきつれて、
山に登ってきました。
ふしぎです。山は静まり、
矢は岩に当ってははね返るだけ。
城の石垣に近づいて見たものは、鬼ではなく、
やぐらの上に立つ人間の姿。

私は吉備の冠者 温羅
私のいのちと
鉄の武器を
やまとの王に捧げよう
吉備の宝は 清い水
光と空気
塩を生む海
吉備の知恵と
勇気とやさしい心
あなたよ
護ってほしい この宝を
長く いつまでも

長を囲んで、城の中から
人々が出て来ました。
今は吉備人となった百済の人も子供も、年よりも。
武器を持っている人は1人もいませんでした。

温羅の思いと吉備の人々のようすに心をうたれた桃太郎は、
大きくうなずきました。
その時でした。
「だまされるな」と一声、
ささもりひこの放った矢が温羅の胸を射抜いたのです。

温羅は雉(きじ)に姿を変え、飛び立ちました。
吉備の国を戦場にしないために、少しでも遠くへと。
桃太郎もすぐ鷹(たか)に姿を変えました。
温羅に追いつき、約束を誓うために。
力つきた温羅は川に落ち鯉(こい)になりました。
温羅の血は川を真っ赤にそめました。

ももたろうよ
今はこれまで
どうか鵜になって
私の魂を
のみこんでください

桃太郎はやまとの王に使いを出し、
鬼は亡びたと伝えました。
たくさんの鉄の武器を王にさし出し、吉備の国を治めることを
許されました。
桃太郎は、温羅のなきがらを、吉備の中山にほうむり、
約束どおり、吉備の国と人々を大切にしました。
桃太郎は、のちに「吉備津彦命」と呼ばれます。

吉備の人々はそれから後も、暮らしに必要な鉄の道具をを作り、
仕事に励みました。
塩や稲や果物もたくさんとれて、栄えます。

戻る