大坊古墳〜陰陽石霊神 散策 2003/8/3(日) 深安郡神辺町西中条大坊

 2013/11/23(土)第26回茶山ポエムハイク 訪ねました。

健康への道100選。

JR福塩線「道上駅」   ⇔大坊古墳⇔中条八幡神社陰陽石霊神。

JA道上の駐車場から歩きました。

朝早く約2時間ウォーキングでした、田んぼの稲 青々と成長を見ながら、
草刈する人・犬と散歩・二人ずれでの散歩する人。

 

池の畔に道しるべ

箱田川にお堂

県史跡 大坊古墳   

石室の造り方は、福山北産業団地内の粟塚古墳の丘に移設されている狼塚2号古墳や、新市町戸手の
大佐山白塚古墳にみられ、特に狼塚2号古墳は大坊古墳の約2分の1の縮尺で設計されています。古墳造り
にあたり、同じ技術集団の存在がうかがわれます。

中条の丘陵の東斜面に築かれ、南北方向にやや長い円墳とも、方墳ともいわれ確定していません。
横穴式石室の入り口は南東に向けて開いている。

 

中条八幡神社陰陽石霊神
境内にこの神社を建立するとき土の中から出てきたといわれる陰陽石があります。
この地区の信仰もあつく、霊験あらたかで幸福をもたらすということです。
古来中国より万物は陰と陽の二気から生ずるとするとの陰陽思想が伝えられ陰陽石を
霊神とし夫婦和合、子孫繁栄、家庭興隆、疾病退散、五穀豊穣などを願ったようです。
江戸時代には大名屋敷の庭には必ず陰陽石が置かれ、岡山の後楽園には10個の
陰陽石があるそうです。神辺町で祀られているのはここしかないようです。

中条八幡神社の創立は、仁和元年(885)と伝えられています。古来より
上御領、下御領、湯野、箱田、道上、山野、徳田、中条、八カ村の総氏神
でしたが、永正3年(1506)による氏子の大喧嘩があり、現在の地に奉還
された産土神とし、その地の村々は、御幣等を当神社より持ち帰り氏神と
しました。

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