久井の岩海/杭(久井)の牛馬市跡 2005/5/3(火)憲法記念日 広島県三原市久井町
行程
久井の岩海→吉田大池→弘法大師→天文台→杭(久井)牛馬市跡
139km、6時間30分。帰りは「三原久井ICから福山東IC」山陽高速道路で帰る。
国指定天然記念物 久井の岩海
昭和39年6月27日指定 所在地 三原市久井町吉田 |
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水音峡 昭和39年(1964)、国の天然記念物に 指定された久井の岩海は、備南最高峰宇根山 (標高699m)のふもと(標高480m〜530m)にあり 「ごうろ」ともよばれています。傾斜のゆるい三条 の谷間にそって、直径1m〜7mの巨岩・怪岩が 重なりあって長く帯状に続き見事な景観です。 ぜにがめごうろ 長さ550m 幅65m なかごうろ 長さ350m 幅35m おおごうろ 長さ350m 幅90m |
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滝ごうろ
岩海は、大きな岩盤が激しい気温の 変化などで割れ目(節理)にそってはがれて離れ、 さらに風化して、丸みをおびた岩石となって残って いるもので、気候による侵食作用を示すものとして、 学術上大変貴重なものです。 |
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ぜにがめごうろ 広島市民球場の約10倍の面積 (22ha)を有する、日本最大規模の久井岩海自然 公園をおとずれると、聞こえてくるのは野鳥のさえ ずりと風の音。水音峡に立てば岩の下深くを流れる 水の音も聞こえ神秘的です。久井岩海は、四季をと おして人々にやすらぎを与えてくれる、 まさに自然のオアシスです。 |
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久井の岩海
「あずまや」で昼食弁当 |
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宇根山家族旅行村
家族ずれ多い、テント張り 焼肉パーティー。
背景の山の上には宇根山天文台。 |
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宇根山天文台から家族旅行村を。 | |
宇根山天文台
駐車場では 大きなアンテナ ディーゼル発電で「ハム」交信楽しんでいた。 |
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弘法大師像
頂上にパラボナアンテナありました。 ここでも 「ハム」経歴30年の古老。 機材を車に アンテナ取り付け 発電機で。 昨日から明日までとか 交信楽しんでいた |
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牛山公園
杭の牛市跡 所在地 三原市久井町江木字亀甲山209番地の1 指定年月日 昭和41年12月8日 |
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今から千年も以上の昔、天慶5年(951)に大田の庄の 牛馬商人群兵衛が、杭の庄の牛馬商人勘左衛門に 牛一頭を売り、その取り引きを稲生神社神域の、ここ 杭の室山(亀甲山)でおこなった。勧左衛門が買った牛 は、それ以後成育がとても良く、これは神様のおかげ によるものと信じ、仲間に対し杭の室山で取り引きをす りことをすすめたところ、室山で牛馬の売買をする者が 次第に多くなっていった。応和元年(961)には、室山に 大仙大明神を祭り、又、牛や馬をつなぐために日向松を たくさん植えた。そして応和3年(963)に近郷の牛馬商人 が多数集まり盛大に牛の供養をおこなった。その時多数 の牛が売買されここに「杭の牛市」が始まり、それ以来 毎年10月、11月、12月に定期市が開かれるようになった と伝えられている。 |
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延宝8年(1680)には、杭の牛馬市は広島藩の公認となり、 藩の保護のもとで一段と盛んになり、中国・四国地方はも とより、近畿・九州・北陸地方からも商人がおおぜい集ま った。この頃から杭の牛馬市は、豊後(大分県)の浜の 牛馬市・伯耆(鳥取県)大仙の牛馬市と共に関西三大市場 の一つとして、広く知られるようになった。 |
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久井稲生神社
「はだか祭」は、毎年2月の第三土曜日に 行われる広島県内では随一の裸祭で、正式には「御福開祭 (おふくびらきさい)」と呼ばれ、千数百年の歴史があると伝え られています。 杭の牛市には、昭和の初め頃までは一万数 千頭の牛が集まり、大変な賑わいであったが、戦後農作業が 機械化されるなど、急激な社会情勢の変化とともに、段々とお とろえ、昭和39年に千年以上も続いた歴史を閉じることになっ た。しかし、永い間栄えた杭の牛市が、我が国の畜産業界に 果たした功績はきわめておおきかったので県の史跡に指定さ れた。 |
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三原市久井歴史民俗資料館は「杭の牛市」跡地。その昔、 杭木を持ち寄って神殿(久井稲生神社)をつくったという古事 より「杭の庄」の名が生まれ、これが現在の「久井」となった。 |